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2012年2月16日 (木)

「コクリコ坂から」を観てしまった

今頃になって、ようやく映画「コクリコ坂から」を観た。
場所の設定が横浜だったので、市民は観ておいた方が良いかなと思っていたから。
場所が横浜という以外、何の前提知識もなく、劇場へ行った。
映画は三丁目の夕日の時代的なほのぼの感と、青春の甘酸っぱい雰囲気があり面白かった。
ジブリもこういう形の映画を作るんだな。
もう一つの特徴は、主人公は女の子だが今までの主人公に比べて強く無い。助演の男子は逆に強いという印象。
テロップに映し出された監督の名前はジュニアだった。
ジブリ映画ではあるけど、純粋な宮崎アニメではなかった。

前提知識がなかったので、観た後に情報収集をした。
時代設定は、1963年5月。三丁目の夕日時代だ。
家の場所は、大佛次郎記念館、神奈川近代文学館付近(港の見える丘公園内)の設定。
くねくねの坂道は、元町・石川町へと続く坂道なのだろう。
この丘から眺めた海だが、海に向かって左が港方向で、右が沖(東京湾)だ。
アニメでは観た印象では、左が沖だと思って見ていた。
稲村ヶ崎付近をイメージしていたのだと思う。
恐らく、市電を江ノ電だと勘違いしてしまったからだろうな。
カルチェラタン存続の直訴に行った新橋(か有楽町あたり)もいい雰囲気が出ていた。
私の仕事場だった80年代の新橋でも、あの高架下の店やレンガ造りの建物。「ビルヂング」と書かれたビルが健在だった。
新橋から帰って、海と俊が歩いた桜木町駅から県庁、マリンタワー方面は今はずいぶんと変ってしまったので、「あんなんだったかな」と懐かしかった。
ガリ版新聞は懐かしかった。自分も中学生の頃までは、ガリを切っていた記憶がある。

原作は1980年刊行の漫画。原作者は1948年生まれ。
原作者のテーンエイジの頃の設定なのだろうか。
場所を調べると、家の場所は、東京文京区の音羽だった。
この場所は映画のイメージと違う。調べない方がよかったな(笑)

白い花の咲く頃
劇中歌として使われた。カルチェラタンで高校生が歌った曲。
この曲が何だということですが、先代の柳亭痴楽師匠の高座のライブ音源で、師匠が落語の中でこの曲の替え歌を明るく・元気よく唄っていた。
只それだけなんですが、「師匠歌けっこう上手いな」と思ったのを思い出したから。

劇場には、小学生連れの親子姿もあったが、年配の方が多かった。
団塊の世代の方には、ストライクゾーンのアニメだろうな。

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