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2011年9月26日 (月)

2011.09.24 本牧亭土曜講談会<ファイナル> #rakugo

黒門町講談本牧亭最後の日ということで、昼間のNHKニュースでも取り上げられた。
最後の日の昼は、貞水先生の義士本伝の連続読みの会の4回目。
夜の部は土曜講談会。食事代で講談1席が聴ける会。
夜の部へおじゃました。
5時半頃到着した。
壊れた塀の後には、鉢植えを並べてあった。
座敷に上がると、カウンター席には講談ご常連の重鎮方が既におそろい。
私なんかは足元にも及ばない、講談の知識と鑑賞経験をお持ちの大先輩の方々だ。
本牧亭最後ということで、本牧亭の想い出話等をされているのかと思って、耳をそばだてた。
すると、ニュートリノは光より早かったという、ホットニュースを話題にしていた。
相対性理論に例外を設けて対処するのか、物理学はどうなっていくのかといった内容を議論していた。
いやはや、すごいおじいちゃん達である(笑)
この話題で私に理解できたのは、ひかりより早いのは、のぞみだけじゃなかったと言うことだ。

この日は最後ということもあり、ぞくぞくと予約客が集まり、早い時間で満席となった。
料理を食べながら、時間を潰す。そして開演予定の時刻である7時を経過した。
未だ演者が来ない。
最後はどんか会だったのか。


■宝井琴調 講談 清水次郎長伝~石松の最期
琴調先生が本牧亭最後の高座を務めます。
女将さんは最後の高座は琴調先生がふさわしいと、決めていたそうだ。
その琴調先生だけれど、鈴本の高座の終わりが延びているのか、予定時間を20分程過ぎた頃到着した。
最後の根多は、講釈場にふさわしい根多にしようと考えて、この根多だったそうだ。
琴調先生で私が好きな、次郎長伝だった。
堪能するはずだった。できるはずだった。
しかしできなかった。
一人の女が、マクラを終えても写真を取り続けていたんだ。
音のするカメラで。
石松の最後を迎えるところまでも、デジカメのカシャカシャ音を鳴らし、ご丁寧にストロボまで灯した。
琴調先生のテンションが下がった。お客の集中力も切れてしまった。
このバカ女に、最後の高座をぶち壊された。
このバカ女と、「2位じゃだめですか」と言った政治家は、一生許さない。

高座が終わると、琴調先生を囲んで歓談した。
こういう事のできる、芸人さんとお客の距離が短い唯一の場がこの日で無くなってしまうんだ。
最後の本牧亭を体感したかったのは、お客だけではなかった。
若い講釈師、噺家さん達もやって来て、料理を運んだり、皿を洗ったり手伝いをして最後を体感していた。
お見えになった芸人さんを、覚えている範囲で記しておく。
鯉風先生、春陽さん、貞橘さん、琴柑さん、すずさん。
高座が終わってから、菊之丞師匠もお洒落な着物姿でおみえになった。
奇しくも若手講釈師の勉強会がらくごカフェであり、前座さん達は時間が重なってしまってこれないようだ。
高座は残念な結果だったが、盛り上がったファイナルだった。

本日で、本牧亭という場所、空間は無くなるが、看板は残る。
これからは、寄席の企画運営会社として、場所を借りて「本牧亭」ブランドの興行を続けていくそうだ。
最初の会は、両国での10月9日の本牧亭講談定席となるようだ。
詳しくはホームページで案内が出るはず。
講釈師の方も、釈場人気を復活させてお客さんが戻って来るように、垣根を超えられるところは超えて行動をする。
そして、また本牧亭という釈場が復活できるようにしたい考えがあるということもわかった。
その復活の日が来るまで、本牧亭の釈台は、貞水先生がお預かりいただけるそうだ。
私も微力ながら、一日も早い復活を祈りつつ、これからの本牧亭を見守っていきたい。

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