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2011年8月22日 (月)

2011.08.21 新作和太鼓と講談の会 #rakugo

興味をそそる企画があったので、観に行ってきた。
和太鼓の演奏と、講談(怪談)の会。
場所は浅草、TAIKO-LABという太鼓スクールのスタジオ。
太鼓スクール側の企画のようです。
和太鼓はブームのようで、こういったスクールも色々あるようです。
しかも生徒の多くは、おばちゃん達。
ダイエット、フィットネス感覚で習っているのでしょうか。
そういう時代ですねぇ。
どんな会だったか・・・

■江上瑠羽(るう) 新作和太鼓
ビルの地下にあるスタジオへ移動した。
スタジオの中に入った時、アロマの香りに気がついた。
檜の香り、檜の樹液に近い香り。紅茶のアールグレイの香りにも似ている。
フローリング、木目調の内装、和太鼓と、この香り。木をイメージさせる空間だった。
お客は過半数が、太鼓教室の生徒さんのようだ。
でもアウェイ感は、感じなかった。
和太鼓の演奏も何回か観ているから。
演奏者の大半が女性だったのを覚えている。
太鼓の世界も女性進出が活発だ。講談と一緒だ。
奏者の江上先生も若い女性だった。
喜多郎や宗次郎っぽい自然を感じさせる音楽に合わせて、大小色々な和太鼓、小型の鐘等を鳴らす。
創作太鼓音楽だった。
和太鼓は、立ち居振る舞いを含めて、「打つ」という行為そのものが和太鼓だ。
そんな印象を持っている。
和太鼓は屋外での演奏しか聴いた事が無かったので、室内での音の響には驚いた。
直径1.5mくらいの大太鼓を打った時の振動はすごかった。
肋骨に共鳴するんだ。
ズドン、ズドンと胸が叩かれるように響く。
心臓の弱い人は、義経にした方がよさそうだ。
味覚を除く4感を持って体感するという、興味深い演奏だった。

■神田陽司 講談 牡丹灯籠~お札剥がし
さてお次はこの日メインの怪談である。
演奏の余韻が未だ残るステージに、陽司先生が登場する。
その前に、何故講談と太鼓がコラボ?
太鼓側から見た講談は、張り扇の役割が、パーカッションに見えたのでは。
修羅場読みの場面は、演奏と言えない事も無い。
それに怪談とくれば、どろどろどろ・・・である。
太鼓は外せない道具である。
「打つ」つながり。
そういうイメージでコラボする企画が出来たのかなと想像した。
それを証明するかのように、江上先生がステージに残り、講談と一緒に演奏をするようだ。
太鼓の音に負けないように、陽司先生の高座にも声がお大きめに設定されたマイクが置かれていた。
根多はお馴染みのもの。
寄席の高座では、あまり怖くはやらない(懲りて次から来なくなってしまうと困るから)。
今回は怖くやりますよと前置きして、それから実際の恐怖体験の紹介等のマクラから噺に入った。
太鼓は噺の途中・要所で、登場人物の心理描写を音で表現しているように、聴こえた。
全くのアドリブというわけではないようで、何回かお二人で稽古されたような呼吸を感じた。
プロの叩くどろどろと、前座さんの叩くどろどろの違いは分からなかった(笑)
怪談と言えば、貞水先生。
洗練された照明や効果音もあり、かなり怖く楽しめる。
専門のチームで演るのだから、出来て当たり前なのかもしれないが。
今回はそこまでの域には達してなかったが、なかなか良かった。
太鼓という表現が怪談には合うというのが分かった。
次回(があれば)は照明にも凝って、更に怖くしてほしいと期待します。
それから太鼓側から見た、今回の講談の怪談の感想も聞いてみたい。
0821p1020457

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コメント


>和太鼓は、立ち居振る舞いを含めて、「打つ」という行為そのものが和太鼓だ。
>そんな印象を持っている。

民俗学の本を読むと「打楽器と立ち居振る舞い」に関連する記述をよく見かけますね。
神を依代(よりしろ)に降臨させる。自らが神との一体化する=神との交流という類の古代人の精神世界の領域に踏み込んだものが多いようです。

考えてみれば物を叩いて音を出すというのは人間の最も原始的な営みの一つですからその「立ち振る舞い」についても早い時期から自然宗教に根差した体系的な型が追及されたみたいですね。

これは余談ですが学生時代に応援団員に聞いた話では、太鼓を一心不乱に叩いていると「いつの間にか意識を失っている。」「でもリーダの指示どおりに叩いている」という状態が珍しくないとか。

宗教儀礼から芸能への変遷も含めて打楽器には底知れない何かを感じます。

投稿: B_Blue_WTB14 | 2011年8月22日 (月) 22時11分

打楽器は宗教儀礼、音楽、情報伝達等色々な要素を持った不思議なものですね。

>太鼓を一心不乱に叩いていると「いつの間にか意識を失っている。

和太鼓とアフリカの太鼓の違いなんですが、アフリカの太鼓は、一定のリズムパターンの繰り返しなんです。
これを聞いていると、だんだん恍惚状態に陥っていくことがあります。
和太鼓はリズムパターンの反復ではなくて、不連続なんです。
一連の物語になっているというのでしょうか。
インドの太鼓もそういう感じを受けました。
和太鼓は東洋の形が受け継がれているのでしょう。

投稿: ヒロクン | 2011年8月23日 (火) 20時55分

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