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2009年10月12日 (月)

稽古

花録師のWEBエッセーを読んだ。
落語家の稽古について書いてあった。
【ようこそ!花緑の落語入門】(23) 演者には「演出家」が必要
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/091008/tnr0910081742004-n1.htm

昔から行われている稽古の様子がわかって勉強になったが、興味深かったのは演出家の必要性を噺家自ら説いていること。
落語に関わらず日本の伝統芸は大体、「芸は盗め」的なやり方がポピュラーとなっている。
これは若手を上達させるためには効果的じゃないといつも思っていた。
前座が稽古で、「たぬきはたぬきの了見で演れ」と言われてもピンと来ないのではないか。
しかしもっと分かりやすく前座目線で所作やら台詞等指導してくれれば理解してもらえる。
これは師匠(演出家)の稽古にもなる。
つまり「たぬきの了見」を師匠が理解していないと、咀嚼して弟子に教えられないから。
こうして師匠と弟子の稽古は師匠の指導力アップというおまけまでつく。

小三治師匠の40代の頃書いたエッセーにあったが、小さん師匠は本当に弟子に教えないらしい。(笑)
「たぬきの了見」的な抽象的なコメントをして後は「見て聞いて盗め」だと。
若いときは分からなかったが、今になって理解できたと書いていた。
小三治師匠クラスの実力の噺家が中堅真打のスキルを用いて使えるのが「盗む」という技なんだ。
「芸を盗む」というスキルはある程度実力がついてないと出来ないんだ。
芸を盗むという技は真打になってさらに、芸を自分をステップアップするそういう頃に使えばいい。
前座が師匠の言っていることが理解できずに何年も時間を費やすという無駄を省け、持ちネタをふやしたり更に磨いたり、芝居見物や踊りを習ったりと芸の肥やしの時間も持てるし充実実した修行期間をおくれるのではないか。
これは芸の世界だけじゃなく一般の仕事でも言える。
芸の世界に居て、掟を守って生活している噺家からこういう意見が聞けてうれしかった。
しかも柳家直系だし(笑)
是非続けてほしい。

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