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2009年7月 6日 (月)

バーでも「シショウ~」

西洋の話芸と言うには距離がありすぎますが、演劇という芸があります。
BS11の喬太郎師匠の対談番組で、役者さんがゲストの時ですが、その役者さんがこんな事を言っていた。
落語は、右を向いて、左を向いてしゃべると別の人になるし、扇子や手拭いがさまざまな小道具になる。
でも演劇では、扇子は扇子であり、扇子を剣に見立てるようなたとえ話的演出・演技は西洋人(の観客)には困難だみたいな事だった。
剣が必要ならば、剣を持たなければ、観客は剣だと認識しないということだ。
これが西洋人の思考とか認識のベースにあるということを前提知識として持っておいてから、次の記事を読んだ。

↓さん喬の米国落語講座 バーでも「シショウ~」
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090630/trd0906300035000-n1.htm
奇しくも喬太郎師の師匠の記事です。
落語を理解できれば日本が、日本人が、日本人の考え方が理解できるという事は分かる。
学生達が日本語を、落語をどう理解して演じているのか記事からは読み取れないのが残念。
でも落語を演じる・鑑賞する際のルールやお約束が存在するという理解は有るんじゃないかな。

>『師匠のうしろに海が見えました』
これは西洋人にはどうかな、あるのかなと思いますよ(笑)
あるとすれば日本人か日本人にかなり近い日系の人とかの感想じゃないかな。

ps.
因みに冒頭で紹介した喬太郎師の対談番組は「喬太郎のそれでも気楽に粋ましょう」という番組なんですが、6月で終了してしまいました。この番組のファンは多いはずなのに・・・
喬太郎師匠の仕事の関係なんでしょうか、それくらいしか考えつきません。
残念です。

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