« 次の主役 | トップページ | 壺算 »

2008年11月 7日 (金)

影清

今年の映画「落語娘」に登場した古典落語。
主人公の娘の叔父が好きだった落語であり、最初に入門しようと
門を叩いた師匠の得意根多という設定。
久しぶりに再会した落語だった。

映画を観てから自宅のCD棚を探して、先代の文楽師匠のものを聴いた。
かなり久しぶりで聴いた。
定席、独演会、勉強会、色々な落語会が催されているが、ここのところさっぱりご無沙汰な落語だった。
TVの落語番組でもやらない。(やったのかも知れないが、見てないのかも)
内容が突然の目の病で失明し、医者の手当てでは治らない。
なので信心で治そうとするもの。
目の不自由な男が主人公と云うことが今の時代に合わないのか。
映画を観て懐かしさすら覚えた程だった。

信仰により奇跡が起きるというストーリーを、公に見せることに躊躇いがあるのか、
はたまた何処からかの圧力があるのか。
前述の映画では、色々ある落語の中から何故この落語を、ポイントとなる落語(メインは怪談の緋扇長屋ですが)として選択したのか今になって考えてしまう。
ただ単に、今の時代には面白くない、うけないだけなのかな。

|

« 次の主役 | トップページ | 壺算 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/199774/43040916

この記事へのトラックバック一覧です: 影清:

« 次の主役 | トップページ | 壺算 »