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2008年4月10日 (木)

雑誌「落語」 創刊2号です

0407 ご年配のお方には懐かしい雑誌の表紙でしょうか。
当時のヒロクンは、渡辺香津美を目指していたギター小僧だったので、読んでいた雑誌は、ロッキングオンとかプレーヤーとか、ジャズ・ライフとかだったわけです。
この雑誌は、当時読んでいません。
先日たまたま入った古本屋で出会った雑誌だったのです。
79年秋号という文字を見て蘇りました。
この年は忘れられない年でした。29年も前のことですが・・・

それは、圓生(日本語変換で一発変換出来たのはGJ)師匠の亡くなった時の号なんです。
既に決められていた企画内容の夏から集めた記事の中に、急死という記事を消化できていない内容だけれど、急遽入れざるえなかった編集サイドの慌てぶりが、今読むと、伝わってくる雑誌でした。
結局3カ月後の冬号でじっくりと圓生特集をする事にするわけですが、パンダが新聞各社のトップ記事、TV局の追悼落語が「やかん」や「夜店風景」なのにキレル編集後記に、「分かるなぁ」、なわけだったんです。
圓生師の最後となった高座は、9月3日千葉県習志野市の高座で小話「桜鯛」だった。
たまたまこの前行った高松で食べたお刺身にも「桜鯛」・・・・
この短い時間の中の偶然の出会い?、シンクロニシティ?、魂の出会い?いろいろ言い方は有りますがビックリした
ということです。

この号の記事では、鳳楽師匠の真打昇進記者会見の席に、円楽師の他に、小さん、米丸両会長が同席していた写真が興味深かった。
他には、今ほど交通事情の良くない時代で、全国を飛び回っていた円楽師の日程が一部紹介されていて、夜行や特急列車に乗り継ぎの毎日で、夜やっと宿にたどり着いて、それから明日のための稽古・・・これは大変な旅だなと。

そしてこの年の10月から、花王名人劇場が始まることになります。
裏表紙にフジテレビの宣伝がありました。
79年秋はそんな季節だったんですね。

ps.
因みに「桜鯛」という小咄は、円楽師匠が「目黒のさんま」のマクラで演るので、知っていましたが、ちゃんと名前が付いた咄だったとは、知りませんでした。

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